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Norah Jones、そしてTOEIC SW

何これ?

ラジオで初めて聞いた時、驚いて声を出してしまいました。
その歌声とリズムと歌詞とピアノと。
彼女の全てに魅力され、アルバム買って、毎日聴き続けました。

Norah Jonesを初めて聞いて15年。
武道館でのコンサートチケットを無事に入手、つかの間のひとり時間です。

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わー、動いてる。
当たり前なのですが、テレビを持たない大学院生活だったので、私にとってのNorahはCDの中の人。
動いているNorahを見るのは初めてです。
自由自在にピアノを操る彼女の姿に泣きたくなる思いでした。
あ、S席でも2階でNorahは指人形みたいな大きさでしたけどねー、残念。

Norahを聞いていたのは、私の人生で一番一生懸命生きていた時代。
大学院に通いながら併設のESLでレッスン担当して、忙しかったけど、好きなことで生計を立てている、って自負もあり、そんな環境で生きていることが、そんな環境で生きている自分が好きでした。

突然決まった日本への帰国、就職活動、好きだった人との別れ。
何一つ自分の望んだことではなかったと、常に不満を抱え、アメリカで暮らした時間を思い出させるNorahを聞くこともやめてしまい、引っ越しを繰り返す中でCDも捨ててしまっていました。

Norahが日本に来る、どこで知ったのかは覚えていませんが、行きたい、聞きたい、という思いは募るばかり、チケットが無事に自宅に届き、こんなに何かを欲したのは久しぶりのことだと気づかされました。

確かにあの頃の私は一生懸命生きていたし、その頃の私は、お母さんになり、朝5時に起きて家族の朝ごはんとオットと自分のお弁当を作るような生活を想像したり、もしかしたら望んでいなかったかもしれない。
義実家でヨメするとか、当時の私なら、私のジェンダー論に激しく反すると、嫌悪感示していたことでしょう。
今の私の生活は、私が望んだ全てではないかもしれないけど、でも、日本に帰って来た頃のような悶々とした思いは抱えていない。
だって全て私が選んだこと。
結婚すること、子供を産むこと。
押し付けられた訳でも、いやいや受け入れたのではなく、それぞれの分岐点で、私がしたいことを選んできた、と思う。
一つ一つ全てがconscious decision。
諦めたとか、仕方ないとか、そんな感情ではない、と思いたい。

あの頃とは少し違う声、15年経って、当然だけど同じだけ年を取ったNorahを見ながら、そんなことを考えていました。
 
確かにあの頃の私は一生懸命生きていた、けど、今同じ環境に置かれたら、私は同じくらい一生懸命生きるし、年を取った分、もっともっと一生懸命生きるよ、そんな自信あるよ。

思い出したくないことを考えてしまうんだろうが、今の生活を後悔するような、そんな言葉を口にしてしまうんだろうか、Norahを聞くことができなかった10年。
でも武道館を出る頃には、晴れ晴れとした気持ちで、固執し続けた「あの頃の私」の呪縛が解けたのを実感しました。
過去との再会で過去と決別することができました。

そんなすっきりとした思いで迎えた翌日のTOEIC SW。

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だってコンサートはこの日だけだし、TOEIC
SWは会社指定だったから、こんな余韻味わえないスケジューリングになってしまった。

一問Speaking 問題の内容を勘違いしてしまい、最後の3秒で駆け込み回答したけど、やはり減点されてしまいましたね。

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次は400点を目指します。
今年はこれ取るから。