名古屋ウィメンズマラソンだん。

オットが、ピンクのガーベラをプレゼントしてくれました。完走祝いです。
私が42.195キロ走る間、ずっと見ていたピンクのラバーコーンをイメージしたそう。

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初めてのフルマラソン、痛みより、疲労より怖かったのは、

もうマラソンやらない

そんな風に感じてしまわないか、ただそれだけでした。
フルマラソン走ってみよう、そう決めてから1年、1人で練習して筋トレして、その間に仕事も育児もあって、「走って良かった、また走りたい」、そう思えれば、記録も痛みも疲労も関係ない、気にしない、そう思ってました。でもそう思えなかったら、何も報われない、その気持ちをどう消化すれば良いのか見当がつきません。

これまで、「精一杯やったけど報われなかった」、英語でそう感じたことがなかったので、だからこそ、この「絶対安全地帯」から抜け出せなくて、どんどん悪循環にはまっていました。そこから脱しなければ、そう思って始めたフルマラソンへの挑戦。
とにかく「楽に」走ろう、そう決めます。
これが後々、大惨事を引き起こすのですが…

スタートブラックは最終のN。

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その中でも最後尾につけて、スタートゲートをくぐった時には既に19分のロスがありました。

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そこから8分半くらいのペースでのんびり進みます。
5キロ手前で膝が心配になり、痛み出す前に薬を飲んでしまおう、と友人とトイレ休憩を取ることに。

たまたま同じ場所にいた姉と、先頭集団とのすれ違いについて興奮気味に話し、3人でまた走り出します。
振り返ると、最後尾。
自転車に乗った男性に、「この先関門あるよ」と言われるまで、自分たちがどれだけのんびりしていたのが全く気がつかないず。
姉も呑気に写真撮ってましたから。 

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今見ると、収容バス写ってるーー。
自転車に乗った男性は「停止勧告」というゼッケンをつけています。

えーーー?
6キロでリタイア?

姉と友人とダッシュを始めます。
関門は約1キロ先。大体7分以内で走れば間に合いそうだとアドバイスをもらいます。

そこからはとにかく必死に走る。
関門がどこだかわからないまま、1キロくらいなら早く走れるという経験値と、まさかこんなに早く関門閉鎖に遭い、オットと息子になんて謝ればという思い。
姉と「関門どこ?」を繰り返しながら走り続けます。
多分ペースは1キロ6分くらい。
友人は私たちの後ろについて来ていました。

しばらく必死で走ると、見えて来たのは7キロの表示。
関門は6キロだったはず。
どうやら無事に関門は通過できていたようだと、姉とペースを落とします。
今振り返ると、SEIKOの時計を見ながら、

後1分しかない、
もう間に合わないかも、
関門どこなの?

と混乱して通過した場所こそが関門だったようです。
その先もずっと関門にはSEIKOの時計がありましたから。苦い思いが毎度蘇ります。

呼吸を整え、しばらく姉と走りましたが、もともと走るのが早い姉に先に行くよう伝えます。
初めてのフルマラソン、早速7キロ地点で1人になってしまいました。
これから35キロのソロランです。

そこからは、ずっと8分半程のペースで淡々と前に進みます。
途中、応援ナビと地下鉄を駆使して、オットと息子が何箇所かで応援に来てくれていました。
20キロ地点の伏見で12:45ごろ会えるかな、事前にそう話していたのに、最初に会えたのは、11:00くらい。
オットは私の先回りすることが、私はオットを探すことが、それぞれゲームみたいになっていて、随分気が紛れました。

後で聞くと、沿道で私を待ったのは各地点それぞれ5分程度とのこと。応援ナビの精度と、私がほぼ同じペースで走り続けたことが幸いしたようです。
息子が乗り鉄なのも助かりました。
名古屋の地下鉄はほぼ制覇してようです(だから、もう名古屋行かないー、と言っていますが…)。
名古屋城のあたりでは、どうにも動くことができなかったと、レンタサイクルで観光していたらしい。
300円の会員券は有効期間が半年。
うーん、マラソンは1年後なんだけどね…また作るしかないね。

まめな水分補給と補給食を意識したことで、20キロ、25キロ、30キロ、35キロ、足も動くし、息も辛くない。
どんなに苦しく辛いのだろうと、想像できなかった30キロの壁に出会うこともなく、ゴールが近づきます。
まぁ、息が切れるはずのないペースで走ってますからねぇ。
給水所で水をいただき、毎回膝にかけました。タイツを常に湿った状態に保ったおかげで、膝も痛くありません。
35キロからは、「いつも練習で走るのが7キロ、練習だと思えば大丈夫、ワンオペ育児6日連続後の練習のが疲れていたはず」、自分に暗示をかけて、足を動かします。

35キロを過ぎると歩く人も多くいます。1キロ8分半を守り続けたおかげで、歩きたいという欲求は特に感じませんでした。

「ナイスラン!」
沿道から声が聞こえたので、そちらを向くと、軽く手を振ってくれる方がいました。
私はこれまで、誰かに思いを届けるために、声に、言葉に出したことがあったかな。 
誰かの思いが届くと、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
30キロから、たった2分ですが、5キロ毎のラップ早くなってます。

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最後の2キロ、沿道の絶え間ない声援とハイタッチの波、

「おかえり」
「よく頑張ったねーー」

全然早くない私を応援してくれて、褒めてくれて、「ありがとう」と声に出して走り続けました。

6時間31分の表示を見ながらゴール。

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手荷物を受け取り、友人と合流できるかもと、のんびり歩きます。
が、友人からのメッセージ、6キロの関門通過ならなかったと。
ダッシュが効かなかったそうで。
あ〝ーーーー。
来年また挑戦します。

名古屋の皆さん、公道走らせてくれてありがとう。
たくさん応援してくれてありがとう。
ボランティアの方、週末返上して、私たちが走ることだけに集中できる環境を作ってくれてありがとう。
お礼に、来年の東京マラソンでは、私、外国語ボランティアに応募します。