休日出勤とか新しいシューズとか。

休日出勤です。
これ。


東京と名古屋会場は満席だそう。
珍しく日差しの暖かな日曜日午後、日本の英語教育を何とかしなきゃと思っている人たちが四ツ谷に集合という事実は感慨深い。

大学入試のあり方や小学校での科目化、参考になる話ばかり、でも、来て良かったと思えたのは、

日本人が英語を教えることに大きな意味がある

というお話。

英語学習者が、英語を話す人を「他(アメリカ人とかインド人とか)」とか「外」とか考えてしまうと、自分の英語に自信が持てなくなるという研究がある中で、自分に近い存在の誰かの英語は、英語学習のモチベーションになり、自分の英語に自信を持つきっかけになるそう。

かなり意訳すると…
日本人の先生が英語を使う姿を見て、学生は、「え?あの程度で良いの?」と、勉強を続け、自分も使ってみようという気持ちになるということらしいです。

ネイティヴが英語を話す姿を見せても、いやいや、あーはなれないから、って最初から諦めてしまうんですって。
ちょっとくらい不完全の方が良いと。

そして、大切なのは、知識としての英語ではなく、その英語を使っている姿を見せること。

ここ最近もやもやしていたけど、私の存在意義をvalidateされた気がします。
私でも英語教えて良いんだ。ありがとう。

私にとっての外国語である英語で、日本の法律なんかを訳してネイティヴ講師にメールすることがたまにあるのですが、この日本国で、ろくに日本語も学ばず、そのくせ、私の英語にいちゃもんつけるような講師を

「けっ!日本語習え。若しくは国に帰れ。」

って毒づいてしまうのですが、それは人として間違った感情ではないと容認された気がしています。
あ、多分違う。

でも、マイナンバー制度みたいに、自分にとってとーっても大切な出来事を「日本語だからわからない」とか、「日本語のニュースはわからない」なんて言い訳しているネイティヴ講師を見るたび、そして、彼らのために、日本人が膨大な時間と予算とエネルギーを使って、彼らの言語に訳してあげている事実に直面するたび、

この国の英語教育歪んでる

と思ってて、それが私のもやもやだったのですが、今日少しすっきりしました。

いつかこの国の英語教育全てを日本人が担当すれば良い。
そして、そんな日は必ず来る。

この国の英語教育を根底から覆す。
そんな風に息巻いていたこともありましたが、きっとこんな動きを無意識に察知して、その流れに乗っかっていただけなんですね。
ちょっと恥ずかしい。

せっかく日曜日夕方都内にいるので、新宿小田急ハルクのアシックスまで行って来ました。
膝の外側の痛みがあることを伝え、足の3D測定の結果と照らし合わせて、新しいシューズ選んでもらいました。
こちら。

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左足がEで右足が3E。
うーん、と悩んでワイドにしました。