一生懸命生きてる!

1人で小小的幸福を見つけるようにしています、そんな話を昨日聞きました。

1人でホテルの素敵ランチを堪能したり、そのまま買い物したり。
外国である日本で、日本語も完璧ではなく、不安もありますが、1人でも楽しみを見つけ、実践する、みたいな話でした。

素敵な生き方ですね、見習います。
惰性で生きている?私?と感じていたのを見透かされているのかと勘ぐりたくなるタイミングでした。
が、その人から、最近のあなたは顔色が良く、とても幸せに見える、あなたも素敵な生き方しているのでしょう、そう言ってもらいました。

元アナウンサーの話す中国語が日本語に時々混ざり、それは言葉というより音楽で、顔色が良くて、幸せそう、素敵な生き方という言葉が日本語だったとレジスターするのに数秒かかりました。

自分を表現するのに、顔色が良くて、幸せそう、素敵な生き方、は、まずない発想だったので、認識、理解できなかったんです。
だって、これまでの私はいつも咳してるか胃腸炎か熱出してて、もしくはany combination(s) of the aboveで、体調悪いから機嫌悪くて、暗かったわー、確かにー。

TOEICでも同じです。
「発想できないものは聞き取れない」、だから、この先どうなるのかな、想像力を活かして、能動的に聞いてみてください。自分のリスニングは、自分が思うより、もつと高いところにあります。
私の顔色も幸せそうな感じも、自分が思うより、もっと高いところにあったようです。

英検もランニングも、これまで逃げていたことと向き合おう、たとえ無様な姿晒すことになっても、その自分と向き合おう、そう思って合格を、完走を、決心したのでした。
できそうだからやる、ではなく、できないのでは、という心配から、顔を背けてきたことに、まっすぐ向き合おうと。

息子が小学生になるにあたり、私はどんなお母さんでいたいか、考えました。
仕事好き、でも、それだけじゃなくて、何か新しいことに挑戦し、最後まで精一杯準備して臨んだよ、そう言えるお母さんになりたい、漠然とそんなイメージが湧きました。

勉強から、苦手なことから、逃げないで、そう言ったところで、私の行動が伴わなければ、息子だってわかります。

What a hypocrite. Such double-standards.

もしかしたら失敗するかもしれない。
息子とって、親が失敗したり、悔しがる姿を見るのは初めてのこと、彼の世界観が変わってしまうかもしれない。
ランニングの後、オットにストレッチやマッサージしてもらって、いててて…と悶えていると、

やめろーーーーーーーー

とオットに乗っかるくらい共感力が高い息子です。
いや、ストレッチなんで、意地悪されてるんじゃないのよ…息子。この会話、何度目??
私が不合格だったと落ち込んだら、きっと彼も理由は理解しなくても胸を痛めるのだろうと想像できます。
それでも英検とランニングもちゃんと逃げずに向き合おうと決めました。

私、1級受験するまで、履歴書に書くことすらできない4級保持者だったんです。
ただ受験してこなかっただけでしょ?
そう聞かれるけれど、違います、不合格の可能性が少しでもあるなら受験しない、そうやって何年も逃げていたんです。

無事に英検合格、駅伝も飯坂温泉も楽しく完走することができた。
勿論その結果も嬉しいのですが、そこに至る過程に何の後ろめたさがない事実は純粋に嬉しい。
もし後ろめたさが残ったら、同じ結果だとしてもここまでの充足感は得られないはず。

えーと。
ここまでは全て今週末訪れる、「さぁ、年末、自分を労いましょうギフト」探しを正当化するための前振りです。
こうやって自分のために労いギフト購入するのも久しぶりのことです。
目標持たずに生きてたから、労う理由もなかった。
今年は各社カタログ何度も何度も暗唱できるまで見返して買い物に臨みます。

我が家は誕生日もクリスマスもバレンタインも基本ギフト交換なし。
オットが、誕生日とかクリスマスとか、その日が来る、という理由だけで、何買おう、気に入らなかったらどうしよう、とギフトを探し、悩む姿を見るのが嫌だったんです。
その代わり、何でもない時、相手のことを考えて買うギフトは大歓迎です。
肩凝りがひどくて頭痛が止まらなかった時、突然我が家にストレッチポールがやって来ました。あれはありがたかったー。

週末は何か欲しいものあるのではないかと、常にアンテナ張ってるオットに悟られないようお店巡りして来ます。
だって私、この日のためにエクセル使って1円単位の1年の全収入と支出管理してるんだから。
さぁ、散財※の時間です。
※身の丈に合った生活をしているので、散財と呼ぶけど、財は散ってなくならない私の買い物です。